大判例

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大阪高等裁判所 昭和48年(う)676号 判決 1974年4月24日

被告人 伊藤公一

主文

原判決を破棄する。

被告人を懲役三月に処する。

但しこの裁判確定の日から二年間右刑の執行を猶予する。

原審および当審における訴訟費用は原審証人吉川栄一に支給した分を除き被告人の負担とする。

原審弁護人の本件控訴を棄却する。

理由

本件各控訴の趣意は、京都地方検察庁検察官斉藤正雄、弁護人小野誠之各作成の控訴趣意書記載のとおりであるから、これらを引用する。

検察官の控訴趣意第一点(法令適用の誤の主張)について

論旨は要するに、原判決は昭和四三年一二月二七日付起訴状記載の集会、集団行進及び集団示威運動に関する京都市条例違反の公訴事実(以下、集会、集団行進及び集団示威運動を集団行動といい、右条例を市条例という)をほぼそのまま認定しながら、市条例九条二項が処罰の対象としている、集団行動における主催者、指導者等の行為は、それが単に市条例第六条一項但書の規定による許可条件に違背したというだけでは足らず、それが秩序を乱し、あるいは暴力を伴なうなどして、公衆の生命、身体、自由または財産に対して直接の危害を及ぼすようなもの、すなわち、法益侵害の具体的な発生をその要件とする旨判示し、その理由として、市条例制定の目的は、集団行動が公衆の生命、身体、自由または財産に対して直接の危険を及ぼすことなく行なわれるようにすることにあること(市条例一条)、集団行動は憲法によつて保障されている基本的人権の一である表現の一手段であつて最大限の尊重を要し、さればこそ市条例の規定上、公衆に危険を及ぼすと明らかに認められるときは別として、その蓋然性が単に推認できる程度に過ぎない場合には集団行動を許可しなければならないこと(市条例六条一項本文)などに照らすと、条例の規定を右のように厳格に解釈することこそその制定の趣旨にも合致するものというべく、かく解しなければ表現の自由が侵害される結果となり、また、道路交通法七七条一項、京都府道路交通規則一四条三号の集団行進についての道路使用許可条件違反の罪と同趣旨の規制を行ない、しかも、より重い刑による処罰をすることになり「法令に違反しない限りにおいて」条例を制定しうる旨の地方自治法一四条一項に反する結果となることなどを挙げているが、市条例一条は、公衆の法益に対する直接の危険の発生を防止するため、二条以下の方法によつて集団行動の規制を行なうことを宣言したにとどまり、右危険の具体的発生を条件違反罪の成立要件とすることを規定したものではなく、また、市条例は、集団行動によつて惹起されることのあるべき不慮の事態に備え適切な措置を講ずることにより地方公共の秩序を維持する目的で、集団行動による表現の自由の反社会的な行使を規制対象とするのに対し、道路交通法は道路における危険を防止し、交通の安全と円滑を図る目的、すなわち道路一般交通秩序の維持を規制対象とするほか、右両者は規制の場所的範囲、処罰対象者も異るから、市条例が前記地方自治法に違反することもなく、法定刑の較差が生ずるのは当然であり、市条例六条一項但書の規定による許可条件に違反する集団行動は当然に公共の安寧を侵害する危険があるものとし、これを指導等する行為を違法行為類型として規定しているものであるから、条件違反の罪は公共の安寧に対する侵害のおそれを抽象的危険としてとらえた抽象的危険犯と解すべきである。原判決が前記のような見解に立つて、本件条件の内容たるジグザグ行進、あるいはうず巻き行進の意味を制限的に解釈し、被告人の本件行為は条例違反の構成要件を充足していないことが明らかであつて、結局犯罪の証明がないとして無罪を言渡したのは、本件許可条件の解釈を誤つた結果、右条件によつて補充される市条例九条の解釈適用を誤つたものであり、その誤は判決に影響を及ぼすことが明らかである、というのである。

所論に鑑み記録を精査して案ずるに、原判決は、適法に証拠調をした証拠に基き、本件公訴事実どおりの事実を認定したうえ、市条例九条二項の許可条件違反の罪が成立するについては、単に集団行動が条件に違反したのみでは足りず、それによつて公衆の生命、身体、自由または財産に対し直接の危害を及ぼすようなもの、すなわち法益侵害の具体的発生をその要件とする旨判示しているものである。

しかし、本件市条例による規制の目的、趣旨とするところは、集団行動に潜在する一種の物理的な力が、時に、公衆の生命、身体、自由または財産に不測の事態を生ぜしめる危険があるため、これに備え、必要かつ最少限の規制措置を講ずる途を開いた点にあることが明らかである。従つて、かかる不測の事態を生じ易い行動類型を定め、これを行なわないことを許可の条件とした以上、この条件に違反する行為がなされれば、あえて法益侵害の具体的な発生をまたず、直ちに条件違反の罪が成立するものと解しなければ、市条例所期の事前規制の措置としての意味がないこととなるのである。

原判決は、許可条件に違背したこと即条例違反になるというような解釈に甘んじるときは、憲法二一条によつて保障されている表現の自由を侵害する結果となるというのであるが、表現の自由は国民が濫用することを得ず、常に公共の福祉のためにこれを利用する責任を負うものであり、国民の権利と公共の福祉の調和をはかることが憲法の精神であることからすれば、被告人らの「ベトナム反戦、安保粉砕等」の集団的意思表現がその手段として街路における集団示威運動の形態をとることは、もとよりその自由に属するけれども、ジグザグ行進あるいはうず巻行進をすることが集団的意思表現にとつて必ずしも絶対不可欠、本質的なものとは考えられないこと、ジグザグ行進、あるいはうず巻き行進により阻害される公衆の通行上の不利益、あるいは本件のような多人数によつてジグザグ行進、うず巻き行進を繰返すことにより徒らに集団の気勢をあげさせ、容易に集団を興奮のうずに巻き込みその結果不測の事態に発展するおそれがあることを考慮すれば、これに備え、法と秩序を維持するに必要かつ最少限度の規制措置を講ずることもやむをえないところであり、これによつて表現の自由が一方的に侵害されるものとはいえない。

市条例六条によれば公安委員会は、公衆の法益に対し直接の危険を及ぼすと明らかに認められる場合の外はこれを許可しなければならないと規定している。いうまでもなく、集団行動の許否の判定基準としては公衆の法益に対し直接の危険が及ぶかどうかによつてこれを決定することになるが、右条文を一つの根拠として本件条例違反の罪の成立には公衆の法益に対し直接の危険が及ぶこと、すなわち法益侵害の具体的発生を必要とすると解することは相当でない。

なお、市条例の許可条件違反の罪と、道路交通法七七条三項、一一九条一項一三号の道路使用許可条件違反の罪を対比してみても、前者の目的が単に道路交通の秩序維持にとどまらず、広く一般公衆の法益を擁護しようとするものであるのに対し、後者の目的は専ら道路における危険を防止しその他交通の安全と円滑を図るものであること、前者の罪においては主権者、指導者、煽動者のみを処罰するものであることからみても、その規制の目的、対象を異にすることが明らかであり、市条例の許可条件違反の罪は場合によつては公衆の生命、身体等に直接の危険を及ぼすような事態にまで発展することを考慮しているのであるからその法定刑が道路交通法違反の罪より重いことはけだし当然というべきである。

以上の点からすると、市条例の許可条件違反の罪の構成要件として、条件違反の集団行動による公衆の法益に対する侵害の具体的発生を要するとした原判決の法令解釈は誤であるというほかはない。記録を精査しても、原判示河原町丸太町交差点におけるジグザグ行進、うず巻き行進の指導につきいわゆる可罰的違法性の欠如その他被告人に対し無罪を言渡すべき特段の事情は存在しないから、右の誤が判決に影響を及ぼすことは明らかである。論旨は理由がある。

弁護人の控訴趣意第一点(事実誤認の主張)について

論旨は、被告人が警察官大西守を殴打した事実はないのにかかわらず、これを認定した原判決には事実誤認があるというのであるが、所論に鑑み記録を精査して案ずるに、原判示関係証拠によると右事実を優に認定することができる。すなわち、被告人はデモ隊の先頭列員が持つ角材を引張つてジグザグ行進を指導中、川端警察署から警告要員として派遣され交通整理にあたつていた制服の警察官大西守に「正常な行進を行なうよう警告しているのが判らないのか」と肩を叩かれ、注意されたことに立腹し、手拳で同人の左顎部を一回殴打したことが認められ、原判決に所論のような事実誤認はない。論旨は理由がない。

弁護人の控訴趣意第二点(法令適用の誤の主張)について

論旨は、原判示第一の東一条交差点附近から百万遍交差点およびその西方今出川通りにかけてのジグザグ行進は、参加人員が少数で、交通阻害はほとんどなく、交通信号を無視したり、行進途中、大西警察官が殴打された事実もないから、本件条例違反は可罰的違法性を欠く軽微なものであり、また、市条例に基く条件違反の罪の成立要件として公衆の生命、身体、自由または財産に対し直接危険を及ぼすおそれを必要とするという原判決の法令解釈からすれば明らかに罪とならないのにかかわらず、これを有罪とした原判決は法令の解釈適用を誤つたものであるというのである。

所論に鑑み記録を精査して案ずるに、原判決の認定した事実によると、原判示第一のジグザグ行進は約一〇〇名の学生により京都市左京区東大路所在の東一条交差点附近から百万遍交差点およびその西方今出川通りにかけて、二個所で延べ約六分間、その距離約一四〇メートルにわたり約二・五ないし一三メートルの振幅で行なわれたものであり、その規模、態様に照らしいわゆる可罰的違法性を欠くような軽微なものとは到底いえない。論旨は理由がない。

しかして本件公訴事実中、原判示無罪部分について検察官の控訴は理由があり、この部分につき原判決を破棄すべき理由が存する以上これと併合罪の関係にあつて一個の判決がなさるべき原判示有罪部分をも破棄すべきものである。

よつて、検察官のその余の控訴趣意に対する判断を省略し、刑事訴訟法三九七条一項、三八〇条により原判決を破棄し、同法三九六条により原審弁護人の本件控訴を棄却し、同法四〇〇条但書により更に判決する。

原判決が適法に確定した原判示第一、第二の事実のほか、当裁判所は第三の事実として認定する罪となるべき事実は、昭和四三年一二月二七日付起訴状公訴事実記載のとおり(但し「上京区丸太町交差点」とあるを「上京区河原町丸太町交差点」とする)であるから、これを引用する。

(右第三の事実に関する証拠の標目)(略)

(法令の適用)

被告人の判示所為中第一((一)、(二)包括)、第三の各京都市条例違反の点はいずれも昭和二九年同市条例第一〇号、集会、集団行進及び集団示威運動に関する条例六条一項但書、九条二項、昭和四七年法律第六一号による改正前の罰金等臨時措置法二条一項に、公務執行妨害の点は刑法九五条一項に該当するので、各所定刑中懲役刑を選択し、以上は同法四五条前段の併合罪であるから、同法四七条本文、一〇条により最も重い公務執行妨害罪の懲役刑に法定の加重をした刑期の範囲内で被告人を懲役三月に処し、同法二五条一項一号を適用してこの裁判確定の日から二年間右刑の執行を猶予し、原審および当審における訴訟費用の負担につき刑事訴訟法一八一条一項本文を適用して主文のとおり判決する。

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